新しいPalmの困難な再出発

とうとう登場しました。

インターフェイスがものすごくiPhone的で、過去のアプリケーションとの互換性はないようですが、期待したいですね。ともかく、日本では携帯電話として使えないとせっかくのデバイスも意味がありませんので、通信仕様と日本語化、ここが気になるところです。個人的には。
それはさておき、市場的な見方をした場合、ちょっと考えてしまうのがPalmの会社としての方向性です。
現在のPalm社は、これで3つのOSをマネージメントして事業展開することになります。
一つはむろん『PalmOS』。次に、数年前から参入した『Windows Mobile』。そして今回発表されたPalm Preという最新デバイスに乗る『Palm WebOS』。
会社設立以来の資産を受け継いで発展させていた『PalmOS』は、今は“ハンドヘルド”と呼んでいる電話機能のないデバイスと、電話機能のあるTreoで実装されています。しかし、ここしばらく新しい動きがないばかりか、ハンドヘルドの新しい機種を開発していないことが関係者のコメントで明らかになっていますし、PalmOSTreoも新しい動きはありません。つまり、Palmは『PalmOS』で動作する商品を事業戦略の中核に設定していないことがわかります。
Windows Mobile』は数ヶ月前に新機種Treo Proをリリースし、今後も『Windows Mobile』のデバイスで事業を推進していくことがわかります。
今回発表された『Palm WebOS』で、Palm社はマネージメントするプラットフォームを一つ増やすことになります。
現在Palm社がおかれている経営的環境が決して楽なものではないことは、株価の低迷と決算をみれば明らかです。株価に至っては、もう破壊的に低迷しており、先日の急落時には1ドル台にまで下落。市場がPalm社に対して限りなく低く評価していることがはっきりしています。現在では3ドル台まで回復しましたが、かつてm5XXシリーズの投入プラン失敗で決定的に低下した株価はその後も回復せず、市場の評価は延々と底辺をはいずり回っています。
普通は、企業が業績を回復させるときは選択と集中という戦略をとります。それは、人材や資金という事業リソースを一カ所に集中投下し、得意分野で事業展開していくということです。そうして回復していった企業は多くあり、そのもっともめざましい例はアップル社です。
アップル社はMacOS7.Xを大きく前進させる計画に失敗し、経営は危ない状況に陥りました。元祖PDAといわれるニュートンもうまくいかず、身売り話が多く出たところに創業者のスティーブ・ジョブズが復帰し、次々と不採算事業を中止、根幹となるOS開発を旧来のMacOSからUNIXベースの新しいOS、『MacOSX』に変更しました。そのとき、旧MacOSを新しいOSでも擬似的に動くように移行期間を設け、そして数年後に完全移行を達成させました。旧OSのユーザーを見捨てることなく説得しながら、新しいプラットフォームへの乗り換えを促していったわけです。
さらにアップル社は、メイン事業であるMac事業に加えて音楽プレイヤーのiPodと携帯電話のiPhoneを周辺事業として展開しましたが、それらは中心事業であるMacと横の連携が完璧にとれていて、なおかつMacではないOS、Windowsとも連携できるという念入りな戦術で事業を推進しています。小さな会社が大きな市場にコミットメントするとき、巨大なマーケットに対して自社の限られたリソースを有効活用していく王道の戦略です。
Palm社は、携帯電話マーケットに対してとても小さな会社です。Palm社が取るべき事業戦略は、あまり難しい切り口ではないでしょう。成功しているモデル、ブラックベリーの戦略こそ見習うべきものだからです。ブラックベリーは、市場評価でみるならば巨大企業ヒューレット・パッカードと同等の事業評価を得ています。
バイスは、それが動作するOSとマシンという二つの“商品”が共存して始めて使うことができます。両者は切っても切れない表裏一体のものです。
Palm社が今回取った新しい戦略、つまり3つ目のプラットフォームの導入という事業戦略について、私は非常に懐疑的です。何年も業績が低迷し、一つのOSでうまくいかなくなって新しいOSに手を出す。しかも、かつてのOSで動いていたソフトが動作できないという、展開事業の横のつながりが遮断されているというマネージメント。はっきり言って、これほどまずい事業戦略はなかなかないとさえいえます。
新しいOSとそのデバイスを製造し、マーケティングし、プロモーションする。そして販売していき顧客をフォローしていく。これは、とても大変なことです。旧来から展開しているOSを合わせると3つになることから、事業には横の連携がとれない3種類のリソースを投入することになります。今のPalm社にそんなマネージメントパワーがそなわっているでしょうか。一つのことをうまくやれない会社が、3つのことをうまくやれるとは思えません。
現在のPalm社が取るべき事業戦略は、おそらくこういう方向性がもっとも現実的だと思います。それは、『Windows Mobile』をOSの核に据え、エミュレーションソフトの『StyleTap』などと手を組んで旧来のPalmOS上で動作するアプリケーションを動作できるようにして、そのプラットフォームで新しいデバイスを展開していく、というものです。そして、ゆくゆくは旧来のPalmOSを廃止していく。
そうすることで、多くのWindowsユーザーを取り込みながら一つのプラットフォームに特化して商品開発していく戦略です。これで、リソースの集中投下と効率のよい商品開発が可能になります。そのロードマップの上に、今回発表したようなネットを有効に活用できる新しい携帯電話を展開していくわけです。
Windows Mobile』をOSの核に据えることは、同時にこれまで培ってきたPalmOSをオミットしていくことになりますが、エミュレーション環境を実装することで旧来のユーザーは安心して使えますし、Palm社が培ってきたすぐれた操作性という哲学を『Windows Mobile』上に構築することで、新たな可能性も開けてきます。つまり、使いにくいといわれている『Windows Mobile』のPIM環境を向上させることが出来ます。そしてもうひとつ大きな事は、『Windows Mobile』の操作性が上がることで、他メーカーの『Windows Mobile』を使っているユーザーがPalmバイスに乗り換えてくれる可能性すら出てきます。まさに、アップル社がMacOSを捨てながらMacOSXに移行していったような、段階的かつ劇的なプラットフォームの移行と、マーケットの成長を推進してけるのです。
しかし、もう遅いですね。
Palm社は3つ目のプラットフォーム『Palm WebOS』と、そのOSで動く新しいデバイスを発表してしまいました。『Palm WebOS』は、旧来の『PalmOS』や『Windows Mobile』との互換性はありません。Palm社が少ないリソースで3種類もの事業を展開していかなければならない困難な状況を自ら作り出してしまいました。ソフトウェアベンダー各社も、ゼロからアプリケーションを開発しなければなりません。今のPalm社が描く事業戦略に賛同してくれるでしょうか。プラットフォームに魅力がなければソフト会社も協力しないでしょう。それは、これまでゲーム機の興亡を思い出せばわかりやすいことです。
いくら新しい製品が魅力的なデザインでも、その商品をマネージメントしていける力と、市場の評価、顧客の支持がなければ、継続して事業を展開していくことは不可能です。
私はPalm社を応援していますし、Palmが生み出してきた製品を使い続けいていることもあり、大変好きな会社です。しかし、今回のような事業戦略と商品開発を目の当たりにすると、もう彼らの未来は苦難に直面するだろうと予想せざるを得ません。